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横浜生まれの料理

駅のシウマイは、冷めてもおいしいように作られた南京町の突き出しから生まれた横浜名物

横浜駅のおみやげといえば、崎陽軒のシウマイ。その誕生には、中華街の点心職人が関わっていました。

はじまりは、横浜駅の売店

崎陽軒は1908年、横浜駅で飲み物や餅、すしなどを売る売店として始まりました。

「崎陽(きよう)」は長崎の別名で、「日が昇る岬」という意味があります。創業者のひとりが長崎の出身だったことから、縁起のよい名前としてつけられました。

「横浜の名物をつくりたい」

シウマイは、「横浜の名物をつくる」という目標から生まれました。

初代社長の野並茂吉が目をつけたのは、当時の南京町(いまの横浜中華街)で突き出しとして出されていたシュウマイでした。野並は南京町の点心職人・呉遇孫をスカウトし、シウマイの開発をまかせます。

冷めてもおいしくするための工夫

駅で売る以上、お客さんが食べるのは汽車の中や家に帰ってから。シュウマイは冷めると味が落ちる、というのが大きな課題でした。

試行錯誤のすえにたどり着いたのが、豚肉に干した帆立の貝柱を混ぜる配合です。こうして1928年(昭和3年)、冷めてもおいしいシウマイが発売されました。

ここがポイント 発売以来、基本の材料は変えていないとされています。

なぜ「焼売」ではなく「シウマイ」?

野並は、なまりのため「シーマイ」と発音していました。それを聞いた呉さんが、中国語の「焼売」の発音に近いと言ったことから、「シウマイ」という書き方が採用されたといわれます。

次に食べるときは 一度は冷めたまま食べてみてください。この一品が作られた目的がよくわかります。