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歴史と街

横浜中華街の門は10基。東南西北の4つの門に込められた意味善隣門から朝陽門まで、牌楼の見どころ

横浜中華街の入口に建つ、色あざやかな門。じつは街の中に10基もあり、そのうち4基は方角を守る門です。

答え:横浜中華街の門の数は10基です
善隣門(中華街大通り)、朝陽門(東)、朱雀門(南)、延平門(西)、玄武門(北)、西陽門(西の端)、天長門・地久門(関帝廟通りの両端)、市場通り門2基。それぞれの場所と意味は下で説明します。

牌楼は、中国の伝統的な門

牌楼(ぱいろう)は、中国の伝統的な様式で建てられた門です。横浜中華街には、いま10基の牌楼が建っています。

テレビや雑誌でよく見かけるのは、中華街大通りの入口に建つ善隣門です。けれど、街を一周すると、ほかに9基の門があることに気づきます。

街を守る、東南西北の4つの門

10基のうち4基は、街の東・南・西・北に建ち、それぞれに守護神と色が決められています。古代中国で、都の四方に門を開き、方角ごとの守り神に邪気を見張らせた考え方にならったものです。

方角門守護神色込められた願い
東朝陽門(ちょうようもん)青龍青日の出を迎え、街に繁栄をもたらす
南朱雀門(すざくもん)朱雀赤災いをはらい、福を招く
西延平門(えんぺいもん)白虎白平和と平安が長く続く
北玄武門(げんぶもん)玄武黒子孫が栄える

東の朝陽門は山下公園側にあり、2003年に完成した中華街でいちばん大きな門です。高さ13.5メートル、幅12メートルあり、みなとみらい線の元町・中華街駅から来ると、この門をくぐって街に入ります。南の朱雀門は元町側、西の延平門はJR石川町駅から来て2つ目の門、北の玄武門は横浜スタジアム側に建っています。

ここがポイント 並びが「東西南北」ではなく「東南西北」なのは、日の出の東から、南、西、夜の北へと、一日の太陽の動きの順に守りを引き継ぐ考え方だからです。

中華街の通りは、周りの道に対しておよそ45度傾いていて、街の角がほぼ東・南・西・北を向いています(横浜中華街 誕生秘話)。4つの門は、その向きに合わせて建てられています。

「中華街」の名前を広めた善隣門

中華街大通りの善隣門は、1955年2月、戦後の復興を願って建てられた最初の牌楼です。はじめは「牌楼門」と呼ばれていました。

それまで、この街は日本人から「南京町」と呼ばれていました。門の中央に「親仁善隣(しんじんぜんりん)」の四文字とともに「中華街」と掲げられたことで、この名前が街の正式な呼び名として定着しました。親仁善隣は、隣の国や隣の家と仲よくするという意味です。

いまの姿になったのは1989年で、このとき名前も「善隣門」に改められました。

そのほかの5つの門

  • 西陽門(せいようもん)…延平門よりさらに西の端に建つ門。JR石川町駅から歩いてくると、最初にくぐる門です。
  • 天長門・地久門(てんちょうもん・ちきゅうもん)…関帝廟のある関帝廟通りの両端に建つ2基。東側が天長門、西側が地久門です。
  • 市場通り門(2基)…昔から中華街の台所としてにぎわった市場通りの入口に建つ門です。

門が増えていった歴史

  • 1955最初の牌楼(のちの善隣門)が完成
  • 1971〜77東南西北の牌楼が建ち、大通り以外の通りも「中華街」になっていく
  • 1989善隣門がいまの姿に
  • 19957つの牌楼を新しく建てる
  • 2003朝陽門が完成

1993年に中華街の23団体が街づくりの協議会をつくり、牌楼の整備を進めてきました。

次に行ったら 10基の門をすべてくぐって一周してみてください。門の色と方角を確かめながら歩くと、斜めの街でも迷いにくくなります。